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2025年 日本結晶成長学会賞受賞者 紹介
第20回業績賞および赤ア 勇賞・第3回産業功績賞・第42回論文賞・第32回技術賞・第23回奨励賞

第20回業績賞および赤ア 勇賞

受賞者
宇田 聡
宇田 聡  Satoshi Uda
 東北大学 特任教授
 Specially Appointed Professor, Tohoku University
受賞題目
「自由度の操作に基づく新結晶育成法および新結晶の開発」
Development of New Crystal Growth Methods and New Crystals Based on Manipulation of Degrees of Freedom
受賞理由
 宇田聡会員は自由度という熱力学の基本概念に基づき,新規な結晶育成法や新概念による結晶の創成に業績を挙げてきた.以下にその概要を記す.
 第3世代の移動体通信基地局用の弾性表面波フィルタ基板材料であるランガサイト(La3Ga5SiO14)の4インチ大型単結晶の育成及び同結晶を基板とするフィルタを製造し,当時のNTT DoCoMoの基地局の2/3に採用された実績を持つ.しかしランガサイトは非コングルエントであるため育成歩留まりが悪い.そこで,融液成長の主パラメータである温度と組成に第3のパラメータとして静電場を導入して成長場の自由度を一つ増やし,固液間の自由エネルギー関係を操作しランガサイトのコングルエント化に成功した.また,化学量論に対する新概念を提唱し,結晶サイトの自由度に着目し,化学量論とコングルエントの組成が一致するMg:LiNbO3や Mg:LiTaO3を開発した.これらの結晶が非定常状態でも組成の均質性を保持しながら成長する優れた特性(真のコングルエント成長)を持つことを熱力学的解析及び実機育成により明らかにした.
 一方,日本結晶成長学会会長,結晶成長国際機構評議員として国内外で結晶成長学の推進をはかり,また,結晶成長国際会議のスクールの講師を勤めるなど将来の結晶成長を担う若手研究者の指導にも貢献した.
 以上のように宇田聡会員は自由度という熱力学の根本概念に基づいて結晶成長の科学と技術の発展に対し先駆的な業績を挙げ,日本および世界の結晶成長学に大きく貢献した.



受賞者
藤岡 洋
藤岡 洋  Hiroshi Fujioka
 東京大学 教授
 Professor, The University of Tokyo
受賞題目
「プラズマ中での窒化物半導体結晶エピタキシャル成長技術の開発」
Development of Nitride Semiconductor Epitaxial Growth Technology Using Plasma
受賞理由
 藤岡洋会員は2000年頃より窒化物半導体のプラズマ中での結晶成長という研究テーマに取り組み,従来手法である有機金属CVD法や分子線エピタキシー法では実現できないユニークな物性を持った結晶のプラズマ成長技術の開発に成功した.特に,この手法により合成したドーパントを高濃度に含む高品位縮退窒化物半導体結晶は,フェルミレベルの位置が高く,電子素子や光素子の電子注入層として,応用が期待されている.また,プラズマを用いることにより,結晶成長の温度を劇的に低減でき,化学的・熱的に不安定なヘテロ基板上での窒化物素子の作製を可能とした.この低温成長技術はフレキシブルエレクトロニクス等,窒化物エレクトロニクスの新しい応用分野を拓く技術として注目されている.
 これらの研究活動に加え,藤岡洋会員は日本結晶成長学会の第15代会長として,COVID19により大きな制約を受けていた学会活動の正常化に尽力した.また,日本学術振興会の「R032産業イノベーションのための結晶成長委員会」や「結晶成長の科学と技術 第161委員会」の委員長として結晶成長関係の民間企業と学術界の研究者の交流の促進に大きく貢献した.

第3回産業功績賞

応募者なし

第42回論文賞

受賞者
  新家 寛正 
新家 寛正 Hiromasa Niinomi
 東北大学多元物質科学研究所 助教
 Assistant Professor, Institute of Multidiscplinary Reseach for Advanced Materials, Tohoku University
受賞題目
「光と同素不混和水に基づいたキラル結晶化に関する研究」
Research on Chiral Crystallization Based on Light and Homoimmiscible Water
受賞対象論文
"Chiral Spinodal-like Ordering of Homoimmiscible Water at Interface between Water and Chiral Ice III", Hiromasa Niinomi, Tomoya Yamazaki, Hiroki Nada, Tetsuya Hama, Akira Kouchi, Tomoya Oshikiri, Masaru Nakagawa, Yuki Kimura, The Journal of Physical Chemistry Letters, 15, 659-664 (2024).
受賞理由
 新家寛正会員は,受賞対象論文をはじめとする一連の研究においてキラル結晶化に関する研究に従事してきた.キラル結晶化の過程は, 分子が結晶化に至る微視的で動的な過程をキラリティ識別しながら調べる手法が乏しいため, 不明な点が多い.同会員は, 一連の研究において, 圧力印加により水からキラル結晶化する高圧氷IIIと水の界面において, 水から巨視的に分離する未知の水が現れることを光学顕微鏡その場観察により発見し, 同素不混和水と命名した.更に, その同素不混和水は, 条件によりスピノーダル様の動力学を示しながら生成することを見出し, その結果生じる両連続的形態の高速フーリエ変換像は渦状となりキラル異方性を示すことを明らかにした.これらの発見により, この同素不混和水は, 過渡的に流動性とキラル異方性を兼ねそろえたキラル液晶である可能性を示した.これは, 水のキラル結晶化過程において, 中間状態としてキラル液晶が生成する可能性を示唆する成果である.
 また, 同会員は, 一連の研究において, 光照射による表面プラズモン共鳴やMie共鳴の励振に伴い, 円偏光よりも光学キラリティの大きなキラル近接場の励振が期待される金属や誘電体ナノ構造体を核形成サイトとし, 水溶液からの無機塩のキラル結晶化を誘起すると, 円偏光のみの場合よりも著しく大きな結晶鏡像異性体過剰率が観測されることを見出した.更に, 電磁場解析を基に, 水溶液からのキラル結晶化においてその核形成過程にキラルな結晶クラスターが介在することを仮定することで, クラスターに働く鏡像体選択的な光学力が大きな結晶鏡像異性体過剰率の原因となり得ることを示した.
 以上の研究成果は, 広範な科学領域において重要な位置づけにある水と光における新たな性質の知見を結晶成長学に還元することで, 実験的調査の容易ではないキラル結晶化過程の理解の進展に大きく寄与したものであり, 日本結晶成長学会論文賞にふさわしいと判断した.



受賞者
  村田 憲一郎 
村田 憲一郎 Ken-ichiro Murata
 北海道大学 助教
 Assistant Professor, Hokkaido University
受賞題目
「氷の融液成長機構の解明」
Elucidating the Mechanisms of Melt Growth of Ice
受賞対象論文
"Step-bunching instability of growing interfaces between ice and supercooled water", Ken-ichiro Murata, Masahide Sato, Makio Uwaha, Fumiaki Saito, Ken Nagashima and Gen Sazaki, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 119, e2115955119 (1-8) (2022) .
受賞理由
 村田憲一郎会員は,氷結晶の融液成長過程において,氷1分子段差の自己組織化によるステップバンチングや,欠陥誘起を起点とした渦巻成長への移行など,複数の時空間スケールにわたる非平衡界面構造を初めて明らかにした.氷の融液成長は寒冷圏における自然現象の基盤をなす,最も身近な相転移現象の一つであるが,その成長機構の鍵を握る氷−水成長界面の動的構造については長らく未解明であった.特に,融液成長におけるステップバンチングは理論的に予測されていたものの,その実在を実験的に実証したのは村田会員が初めてである.さらに,ステップバンチングが自発的にらせん転位を誘起し,渦巻成長を導くことを示した点も,結晶成長学における重要な発見といえる.加えて,村田会員は望月建爾氏との共同研究により,大規模分子動力学シミュレーションを駆使して氷−水成長界面の構造とダイナミクスを1分子レベルで同定することに成功した.さらに,融点近傍で生じる擬似液体層に着目し,その内部で氷結晶の1分子段差を観察するとともに,その前進速度が擬似液体層の粘性異常と密接に関連することを明らかにした.これらの成果は,氷の融液成長機構の理解を飛躍的に深化させるとともに,氷晶成長制御技術や半導体結晶の高品質育成に向けた新たな指針を提供するものである.
 村田憲一郎会員は「見る」という最も直接的かつ強力な実験的アプローチを起点に,観察結果に裏打ちされた説得力あるモデルを構築し,さらに計算機実験や理論的研究へと展開する研究姿勢を貫いている.その成果は国内外から高く評価されており,結晶成長分野における学術的・技術的貢献は極めて大きい.以上の理由から,日本結晶成長学会論文賞を受賞するにふさわしいと判断した.

第32回技術賞

応募者なし

第23回奨励賞

受賞者
  横 哲 
横 哲 Akira Yoko
 東北大学 准教授
 Associate Professor, Tohoku University
受賞題目
「流通式水熱法における金属酸化物ナノ粒子の融合成長」
Fusion Growth of Metal Oxide Nanoparticles Under Continuous Hydrothermal Syntheisis
受賞対象論文
"Fusion Growth and Extraordinary Distortion of Ultrasmall Metal Oxide Nanoparticles", Akira Yoko, Yuki Omura, Kakeru Ninomiya, Maiko Nishibori, Tomoki Fujita, Hidetaka Kasai, Eiji Nishibori, Nobutaka Chiba, Gimyeong Seong, Takaaki Tomai, Tadafumi Adschiri, Journal of the American Chemical Society, 146(23), 16324-16331 (2024).
受賞理由
 横哲会員は,受賞対象論文において有機修飾金属酸化物ナノ粒子の融合成長について発表し,金属酸化物の超微細粒径制御を提案した.これまでの研究で,金属の微細ナノ粒子は多く知られていたが,金属酸化物についてはその合成が難しいとされていた.本研究では,有機―無機複合反応の反応設計と流通式合成装置の化学工学的設計により,精密制御を達成した.また,本手法は反応転化率が高い条件を保ち,原料の高濃度化も可能な手法で,精密制御と大量合成を兼ね備えた手法であり,工学的価値が高い.この研究で,精密制御・大量合成を可能にしたのは,粒子生成過程の詳細な解析である.有機無機複合反応の最適化を行い,流通式装置を用いて数十ミリ秒から分オーダーの滞在時間制御を行い,粒径の微細制御を可能にした.共同研究者らと連携し,反応速度解析や,電子顕微鏡を用いた解析,放射光X線回折を用いた積層欠陥の発見などにより,初期の均一核発生に加えて,粒径が〜3 nm程度の微細な領域では,粒子の融合成長が起こっていることを明らかにした.本対象論文では,CeO2を主たる対象として研究を行ったが,ZrO2やこれらの複合酸化物など他の材料系でも同様に融合成長が起こることを示し,その制御が超微細金属酸化物を得るための鍵であることを示した.さらに,1〜3 nm程度の非常に微細な粒子は,ナノ構造歪により特殊な化学状態をとることも示し,超微細金属酸化物の今後の研究発展の可能性を示しており日本結晶成長学会奨励賞を受賞するにふさわしいと判断した.



受賞者
  榊原 雅也 
榊原 雅也 Masaya Sakakibara
 北海道大学 博士研究員
 Postdoctoral Fellow, Hokkaido University
受賞題目
「無機結晶核生成における多形間ゆらぎの実空間イメージング」
Real-space Imaging of Polymorphic Fluctuation in Crystal Nucleation of Inorganic Compounds
受賞対象論文
1. "Kinetic Exploration of Nanoscopic Polymorphs through Interface Energy Adjustment", Masaya Sakakibara, Takayuki Nakamuro, Eiichi Nakamura, ACS Nano, 146(23), 18, 22325-22333 (2024).
2. "Nondeterministic dynamics in the η-to-Θ phase transition of alumina nanoparticles", Masaya Sakakibara, Minoru Hanaya, Takayuki Nakamuro, Eiichi Nakamura, Science, 387, 522-527 (2025).
受賞理由
 榊原雅也会員は,原子分解能透過電子顕微鏡(TEM)を用いた結晶化実空間イメージング手法の開発に取り組み,無機化合物の結晶化における多形選択に係る原子動態の一端を解明した.これまで結晶核生成過程でどのようにして特定の多形が選択されるのか,という微視的な機構は明らかでなかった.この課題に対して榊原雅也会員は,位置選択的に結晶核生成が生起する実験系をナノスケールで設計することで,核生成する一つの粒子をTEM観察し,その機構を可視化することに成功した.その結果,バルク準安定構造で生成したアルカリハライド結晶核が成長にともないバルク安定形へと自発的に転移すること,さらに核生成途上にあるアルミナナノ粒子の構造が複数の多形および非晶質状態間で可逆的にゆらぐことを原子レベルで実証した.以上は,結晶多形現象の微視的起源の理解深化に資する成果であり,将来的な多形精密制御や新たな結晶多形の発見にも繋がることが期待される.
 以上の理由から,今後の結晶成長学の発展に対するさらなる貢献が期待でき,日本結晶成長学会奨励賞を受賞するにふさわしいと判断した.